ブログの栞

北の国からお届けします。カエルとかGISとかの話をします。

最後の猟期 1日目 AM 6:17

気を取り直して、ズリ山を後にし、目をつけていた林道に流しに入る。

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「流し」とは「流し猟」のことだ。
林道や山野を歩いて鹿を探す猟を「忍び猟」と言い、車で林道や農道を走り、撃てそうな鹿を見つけたら車から降りて撃つ猟のことを「流し猟」と呼ぶ。
平坦で広い農地が多い北海道では流し猟の方が、効率的に鹿を探せる。より広い範囲を車で探せるし、ライフルであれば農地の奥にいる相当遠くの鹿も落ち着いて、余裕で狙える。

f:id:hirudoider:20100312092424j:plain西興部での積雪期の流し猟の様子

 

雪深くなる前の山はまだ冬眠に入らないヒグマがいるので忍びは危険だ。シカに気取られないように気配、音を抑えながらゆっくり動くので当然こちらに気付かないクマと遭遇する可能性が十分にある。
一方で雪深くなってしまうと流しは除雪された道に限られてしまう。林道流しは秋から初冬にかけての限られた時期しかできない貴重な機会なのである。

目当ての林道はさっきシカを逃した駐車場からJR線をはさんで反対側の山を登っていき、同じ道に戻って来られるルートである。今期はじめて入る場所だ。台風や地震の被害で崩れているかもわからないので、とりあえずループして行って帰って来れるかチェックしますかー、という気持ちで入っていく。

 

ゲート開け、傾斜のある砂利道を走り始める。借りた車はスバルのSUVだ、脚元に不安はない。どんどん行こう。

助手席ではYが「この先にいるかもしれない、この先にいるかもしれない」とブツブツと唱えている。


「それあれですか、意識して集中保ってる感じですか?」
「いつもうっかり気が抜けたところで逃がしちゃうから集中するためにね。」

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ただでさえ林道は見通しがきかない。カーブまではせいぜい長くて30m、曲がり角の先は斜面と林に遮られて見えない。曲がった先に鹿がいるのを見つけても撃つ体勢を整えるまでに逃げられてしまうなんてことはよくある。常に対応できるよう一時たりとも油断はできないのだ。
声に出すことは大切だ。大切なことは声に出さないと。

 

今期初めてのシカを仕留めたのは林道を流し始めて5分ほどだったか10分ほどだったか、全然覚えていない。GPSの軌跡を確認したら10分程度だった。獲物を前にした瞬間からの興奮、集中が原因だとおもうが、獲物と対峙した瞬間の前後は記憶が曖昧になるんだ、多分アドレナリンのせい。
曲がり角を右に曲がった瞬間に前方20m程、向かって右の藪から林道に頭を出している鹿を見つけた。

f:id:hirudoider:20120917102611j:plainこっちを見ているシカのイメージ写真:耳をこっちに向けているのがすごくよくわかるし遠くから見ても目立つ


目が合う(った気がした)。耳が立っている、止まっているぞ。逃げない?逃げない!!
Yに声をかける、Yも同時に見つけていたようだそこから私は
〜〜〜中略〜〜〜
※1 10秒くらいかかって何やかやでYが撃つ
※2 中略した理由は別のエントリで説明したい
〜〜〜中略〜〜〜
発砲音は聞こえなかった。いや、聞こえてはいるんだが意識に届いていない。
首の根元の体毛が爆ぜるのが確かに見えた。一瞬の出来事ではあるが、前後の記憶が曖昧でもこういう瞬間の映像はなぜかいつも脳裏に焼き付いて残る。
走るか!?いや、その場に崩れ落ちた。バイタルゾーン入った!!??うおー!まじか、まじかーー!!!??
ハンドルを握っていた手が震える。後ろ足が宙を掻いているのが見える、しかし力強さはない。
鹿の傍らには顔を覗き込むYがいる。
車を降りて20mほど前方のシカを見に行く。体の右側を上に倒れている鹿、まだ毛に覆われた枝分かれしていない短いツノから、若いオスだとわかった。
あぁ、だから動かなかったのか、と合点がいった。
きっと昨年生まれで幸運なことに今まで一度も狙われたり、撃たれたりしたことがなかったのだろう。でなければ車と、車から降りる人間を見て逃げないわけがない。

林道流しのクロスレンジで出会った場合、普通は車が見えた途端に跳んで逃げるか、
ドアを開けたり、外に出たりした瞬間に逃げ出すことがほとんどだ。

しかし、このシカはずっとこちらを見たまま動かなかった。
きっと、初めて見た車と人に対する関心と恐怖感との間を行ったり来たりしているうちに撃たれてしまったのだろう。
こういう、我々人間のことよく知らない迂闊な鹿を「スレていない鹿」と私は呼んでいる。
猟期始まってすぐの鹿は前の猟期に撃たれたり銃声を聞いたりしてから時間が経っていて記憶が薄れているのか、油断していることが多い(と言う人もいる。)。
駆除が盛んで一年中鉄砲撃ちがいる猟場だとスレた鹿が多かったりもするらしい。
このシカは人間の怖さをしらないスレていないシカだったのだ。彼にとっては不運だったが、もたもたしていた我々としては彼がスレていなくて幸運であった。

「とめさしした方がいいかなぁ」
「バイタル行ってるから放っておけば死ぬでしょうが早く楽にしてあげた方がいいかもしれないですね」
「そうだね」

前脚の付け根、肋骨の前方に弾が入っていくのを私はしっかりと見た。確実にバイタルゾーンである心臓か肺かが破壊されているはずだ。その場に倒れたのがいい証拠だ。

「私、車移動して解体道具持ってきますね。」
シカと遭遇してしまった時の、「獲ってやる!」「逃がさないようにしなきゃ」という焦燥感と高揚感の入り混じったなんともいえないあの感覚に、獲物を仕留めたと喜びが混ざり、体がふわふわしている。あまり冷静ではない、急がなくてもいいが、心がはやる。鼓動が早い。
車に向かって走り出した矢先に背後でバンと大きな音がした。

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とっさに頭を抱えてかがんでしまった。なんだ!何が起こった!!そうか!とめさしで撃ったのか!
忘れてたわ!

ふわふわとした高揚が、Yが首に一発打ち込むということを一瞬忘れさせていた。
振り向くと、今までなかった赤黒い首元の穴から落ち葉の上にどくどくと血をこぼす、やはりまだ倒れているシカ。Yの姿は僕の目には映らない。シカだけが意識に植え付けられる。
まだ心臓が動いているのかな。でももう息絶えたようではある。腹の筋肉がぴくぴくしているのがわかる。硬直が始まった。脚に力が入っているのがわかる、少しずつ少しずつ脚が動く。
雨がパラパラと降ってきた。
AM 6:17 予報は昼から雨じゃなかったか、まぁいいか、僕は停めたままの車を移動させるため、林道を下り始めた。